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東京地方裁判所 昭和55年(ワ)11931号 判決

原告 中村武治

被告 国

代理人 木下秀雄 熊谷岩人 ほか三名

主文

一  原告の請求を棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告は、原告に対し、別紙物件目録記載の土地につき昭和二八年一一月三〇日時効を原因とする所有権移転登記手続をせよ。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

二  請求の趣旨に対する答弁

主文同旨

第二当事者の主張

一  請求原因

1  別紙物件目録記載の土地(以下「本件土地」という。)は、もと被告の所有である。

2  原告は、昭和二八年一一月三〇日から二〇年間本件土地を占有している。

すなわち、原告は、昭和一六年以降静岡県浜名郡雄踏町宇布見字領家九五五二番二及び同所九五五二番六の各土地(以下「隣接土地」という。)で養魚業を営んでいたが、昭和一九年隣接土地を蓮根栽培に切換え現在に至つている。昭和二八年九月二五日台風一三号による高波・高潮により隣接土地及び本件土地はいずれも冠水し被害を受けたため、原告は、二か月間かけて右両土地の復旧整地作業を行い、同年一一月三〇日ころから本件土地を蓮根搬出及び肥料運搬の通路・肥料や農器具置場等として使用占有してきている。

3  原告は、昭和四八年一一月三〇日には時効により本件土地の所有権を取得した。

4  よつて、原告は、本訴において右時効を援用し、被告に対し、本件土地につき昭和二八年一一月三〇日時効による所有権移転登記手続を求める。

二  請求原因に対する認否

請求原因1の事実は認める。同2の事実中、原告が昭和一九年以降隣接土地で蓮根栽培を行つていること、昭和二八年九月二五日に台風一三号の来襲があつたことは認め、原告が昭和一六年から昭和一九年まで隣接土地で養魚業を営んでいたことは否認し、その余の事実は不知。同3の主張は争う。

三  抗弁

1  本件土地は、昭和五四年五月一〇日まで堤防敷地であり、建設省所管の公共用財産であつたから、そもそも取得時効の対象になりえない。

すなわち、本件土地及び隣接土地は、明治二九年七月一日から明治三六年までの間に浜名湖の一部を埋め立てて造成されたものと推定され、本件土地は昭和三年七月二一日までは浜名湖の堤防であり、同日浜名湖が旧河川法(明治二九年法律第七一号)五条により都田川の一部として認定されてからは都田川の河川附属物としての堤防となり、昭和二五年六月一日からは新たに認定された新川の堤防となつた。その後、現行河川法の施行に伴い二級河川都田川水系新川が指定され、昭和五〇年三月三一日同河川の区域が定められた際、本件土地は区域外とされたため、同日以後本件土地は河川法の適用されないいわゆる普通河川の堤防となつたが、昭和五三年四月五日雄踏町が本件土地を堤防にもつ河川を河川法一〇〇条による準用河川として領家川及び沖東川として指定したので、本件土地は右準用河川の堤防として扱われ、河川法施行令五七条の二で準用する同施行令四九条に基づき、雄踏町が昭和五四年五月一〇日付で「廃川敷地等が生じた旨の告示」をしたことにより、いわゆる普通財産となつた。

このように、原告が占有していたと主張する期間を含め、それ以前及び以後においても、本件土地は護岸または堤防として、台風等による高潮または河川の増水の場合に堤防内側にある耕地等に海水等が浸入するのを防護する作用を果たすべき物件として直接に公の目的に供されていた公共用財産であるから、私権の対象とはなりえず、これについて取得時効の成立する余地はないというべきである。なお、本件土地及びその周辺土地の埋立の状況は、別紙第二図面記載のとおりである。

2  仮に、原告が本件土地を占有していたとしても、原告には所有の意思がなかつた。このことは、昭和四九年の国土調査法に基づく地籍調査において、原告は、原告所有の隣接土地と国有地である本件土地の筆界及び地籍の訂正に同意していることからも明らかである。

3  仮にそうでないとしても、原告は、前項の同意により時効の援用権を放棄した。

四  抗弁に対する認否

1  抗弁1の事実中、本件土地が浜名湖の一部を埋立てて造成されたものであること及び本件土地が昭和三年七月二一日まで浜名湖の護岸・堤防であつたことは認めるが、その余の事実は否認する。本件土地が埋立てられたのは明治二五年以前である。

2  同2の事実中、原告が昭和四九年の国土調査法に基づく地籍調査において隣接土地と本件土地の筆界及び地籍の訂正に同意したことは認めるが、その余の事実は否認する。

3  同3の主張は争う。

五  再抗弁

本件土地については、黙示的に公用が廃止されたとみるべきであるから、取得時効の対象となりうる。

すなわち、昭和三年七月から現在に至るまで、河川管理者は、本件土地につき、現地へ来たことはなく、護岸工事や堤防工事をしたこともなく、現地で境界を確定するとかフエンスを設置することもなく、まつたく放置していた。他方、原告は、昭和一六年から昭和一九年までは養魚場の養魚・道具等の運搬の通路として、昭和一九年からは蓮根搬出・肥料運搬の通路や肥料・農器具の置場として本件土地を使用してきたほか、戦時中には陸稲や野菜を本件土地に作り、昭和四七年一二月七日には浜名湖漁業協同組合と本件土地の一部に水道管の埋設契約を結ぶなど本件土地を自由かつ好むままに使用してきたのに、河川管理者からは何の干渉もなく、河川法上の罰則の適用も受けたことはないのであるから、本件土地については、黙示的に公用の廃止がなされたものとみるべきである。

六  再抗弁に対する認否

再抗弁事実は否認する。仮に、原告がその主張のように本件土地を通路として使用したり、陸稲や野菜を作つたり、浜名湖漁業協同組合と本件土地の一部に水道管を埋設する契約を結んだりしたことがあり、かつ、河川管理者が本件土地につき護岸工事や堤防工事をしたことがなかつたとしても、本件土地の堤防としての機能・形態は失われていなかつたのであるから、黙示的な公用廃止がなされたものと解することはできない。なお、原告主張の通路としての使用は公共用地の自由使用の範囲内のものである。

第三証拠 <略>

理由

一  請求原因1の事実並びに同2の事実中原告が昭和一九年以降隣接土地で蓮根栽培を行つていること及び昭和二八年九月二五日に台風一三号の来襲があつたことは、当事者間に争いがない。

<証拠略>によれば、昭和二八年九月二五日の台風一三号による高波・高潮により本件土地及び隣接土地はいずれも冠水して被害を受けたため、原告が人夫を雇い、三か月以上かけて右両土地の復旧整地作業を行い、本件土地についてはその天端部分を八〇センチメートル嵩上げして葦を植えたこと、原告が昭和一九年以来隣接土地で蓮根栽培を行つていることは前記のとおりであるが、原告は本件土地を蓮根搬出や肥料運搬の通路として使用したり、肥料等を置いたりして使用していることが認められ、この認定を左右するに足りる証拠はない。

二  本件土地が公共用地であつたかどうかについて考えるのに、本件土地が浜名湖の一部を埋立てて造成されたものであり、昭和三年七月二一日まで浜名湖の護岸・堤防であつたことは当事者間に争いがなく、<証拠略>を総合すれば、本件土地は、昭和三年七月二一日に浜名湖が旧河川法(明治二九年法律第七一号)五条により都田川の一部として認定されてからは都田川の河川附属物としての堤防となり、昭和二五年六月一日からは新たに認定された新川の堤防となり、その後、現行河川法の施行に伴い二級河川都田川水系新川が指定されて、その堤防となつていたこと、本件土地は、国土調査前の旧公図上は薄墨色に着色されており、国土調査後の現公図上は堤と表示されていることが認められ、この認定を覆すに足りる証拠はない。

三  原告は、本件土地については黙示的に公用の廃止がなされたものとみるべきであると主張するので考えるのに、原告本人尋問の結果によれば、昭和三年七月以降、河川管理者が本件土地につき護岸工事や堤防工事をしたことがないこと、他方、原告は本件土地を蓮根搬出や肥料運搬の通路としてあるいは肥料等の置場として使用してきたほか、戦時中には原告その他の者が野菜等を本件土地に作つたりして使用してきたのに、河川管理者からは何の干渉もなく、河川法上の罰則の適用を受けたこともないことが認められ、この認定を覆すに足りる証拠はない。

しかしながら、右認定の事実によつても本件土地の公用が黙示的に廃止されたと認めるには十分でないのみならず、かえつて、第二項掲記の各証拠によれば、本件土地の東側及び南側の部分(すなわち、別紙第二図面の領家川及び沖東川と記載した部分)は、昭和四〇年すぎころまでいわゆる浜名湖に通じた水面であり、本件土地の東側の部分は昭和三二、三年ころまで船着場として船が出入りしていたこと、本件土地の下部には石積部分があり、土盛がされていて隣接土地よりも一メートル位高くなつていることが認められる。してみれば、本件土地は、少なくとも昭和四〇年すぎころまでは堤防としての形態を保ち、堤防としての機能を果たしていたものというべきであり、公用廃止が黙示的になされたものとは解されない。

四  以上のとおり、本件土地は堤防敷地としての公共用地であり、河川管理者による護岸工事等の管理行為は認められないものの、堤防としての形態・機能は失われていなかつたのであるから、これについて取得時効は成立しないものと解すべきである。のみならず、前記認定の本件土地についての原告の使用(蓮根搬出や肥料運搬の通路としてあるいは肥料等の置場としての使用)は堤防の一般使用の範囲内のものというべく、取得時効の要件としての占有をしていたものとは解されない。

よつて、原告の請求は理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 上田豊三)

物件目録 <略>

第一、第二図面 <略>

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